トップページ>小児科・内科案内
 

まってるよぉ
 小児科担当医 市川陽子医師 / 内科担当医 斉藤春子医師


小児科担当医師 市川陽子
Dr.陽子
【専門】
小児科
(喘息・アレルギー )
【プロフィール】
昭和32年生まれ
福島県福島市茂庭出身
藤田保健衛生大学医学部卒業
藤田学園保険衛生大学病院/福島県立医科大学付属病院/福島赤十字病院/ 公立藤田総合病院勤務等を経て、夫と共にいちかわクリニック開業
日本小児科学会専門医
日本アレルギー学会専門医
【趣味のプロフィール】
ピアノ・手芸(ビーズ手芸と編み物)
体育と算数はからきしダメでしたが、音楽と家庭科だけは「5」でした。(^^)
好きな音楽はクラシックとジャズ
大学の頃にジャズオーケストラの部活に入ったことがきっかけで、夫と知り合う
今も地元の社会人ジャズバンドに所属(が、殆ど練習に行けず、メンバーには迷惑のかけっぱなし)

ごあいさつ   〜私の支えとなった言葉〜

 「君ね。医者は死ぬまで勉強だよ。君にできるかね?」

 子供の頃からお世話になった先生(当時80歳)に医学部合格の報告に伺った際、開口一番に言われた言葉です。  内科医の母からも「回り道しても諦めずに続けることが大切。」と言われました。
 学生の頃はピンときませんでしたが、医師になってから何度となく思い出します。
 「もの言えぬ子どもは、小さな動物と同じように慈しまねばならない。しかし子ども はペットではない。」 これは、獣医でもあった父から言われた言葉です。

 最後にもうひとつ、迷った時にいつも思い出す言葉があります。
 「目の前の患者さんが、自分の子ども、自分の家族だったらどうするか。」
 これは、母校の恩師の宮田隆夫先生(現在は名古屋市で御開業)の言葉です。
 同じことを、県立医大の鈴木仁教授からも教わりました。 

 小児科医になって20数年。いつもこれらの言葉が頭の隅にありました。
 先輩医師達からだけではなく、看護師さん・技師さん・病院スタッフの方々や、医 療以外の方々とのお付き合いから学ぶことも、たくさんありました。

 そして、たくさんのお子さま達を診察させていただいて、今の私があります。

 ライフワークの小児アレルギー(喘息・アトピーなど)の勉強も続けつつ、 「病気を診るのではなく、人を診る」ことをモットーに、子どもの心や子育て支援 にも重点を置き、子ども達がすくすくと育つことができるようなお手伝いを、地道に 続けたいと思っております。



内科担当医師 斉藤春子
Dr.春子
【専門】
内科
【プロフィール】
大正14年生まれ
福島県福島市茂庭出身
旧制福島女子医学専門学校卒業
福島県立医科大学付属病院/福島市岩永医院を経て、昭和39年茂庭診療所開設
平成7年、娘夫婦がいちかわクリニック開業をきっかけに、内科医として勤務
平成9年までは隔日で茂庭診療所にも勤務するも、以降はいちかわクリニック内科 医に専念、現在に至る。
【趣味】
短歌
初孫誕生の際、新聞投稿した短歌が掲載されたのをきっかけに、短歌同人誌「青環」に加わる 字余りが多すぎてなかなか上達しないが、細々と続けている
著書「摺上の流れとともに」(福島民友新聞に連載したもの)

ごあいさつ

 私が生まれ育ったのは、山あいの無医村でした。

 医者にかかるのは、産まれた時と死ぬ時だ、と言われた時代です。
 旧制女学校を卒業後、郷里で代用教員をしていた時に福島女子医専ができ、父の勧 めで医師になるために進学しましが、卒業後のインターンの時に大病を患い、約4年 間の闘病生活を送りました。

 女医がまだめずらしい時代、しかも病気のためにスタートも遅れた自分が、まがり なりにも医師の仕事を続けることができたのは、故郷の皆様や家族の支えのおかげで ございます。大きな目標があった訳でもなく、ただひたすら患者さんを診させていた だくという日々でございました。

 摺上川ダムの建設に伴い自宅が水没するのをきっかけに、約30年間勤めた茂庭診 療所も他の先生にお任せし、のんびり老後を、とも考えておりましたが、娘夫婦のクリ ニックを手伝うこととなって10年が過ぎました。  あとどのぐらい続けられるかわかりませんが、からだの続く限り、地域の皆さまの お役に立ちたいと思っております。

 ねじれたる日本の軌道修正をこの子らに託す夢を持ちたし

 故郷を沈めて蒼き湖はあまたの生命の恵みとならん

 残る世を病める人等とひとしずく分かちあえるを安らぎとして

 小児科・内科 施設案内
小児科・内科玄関口  処置室 

医療法人いちかわクリニック
  〒960-0112 福島県福島市南矢野目字鼓田6-1
  URI:http://www.ichikawaclinic.com/
いちかわクリックロゴ